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発達障害を
ユニーク=
ヒューマニティ症候群

呼んでみませんか?

突飛な提唱ですが、最後までお読みいただければ幸いです。

Blog【「引きこもり」の一考察 】

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私は、

「発達障害」や「軽度発達障害」「大人の発達障害」が「引きこもり」の原因になっている場合は多い

のではないか、と考えています(異論も多いと思いますが、現状を変えられるならと思い、あえて述べます)。


いわゆる「引きこもり」の原因として、今一度、「発達的特徴」に原因があるのかどうか、そういった観点で「引きこもり」という社会現象の全体を見直せないか、と思っています。


特に、今まで発達障害とは言われにくかった「陰性症状中心の発達障害」があると思います。

具体的には「不安動揺タイプ」「不安緊張タイプ」「焦燥困惑タイプ」「確認強迫タイプ」「潔癖強迫タイプ」などです。「判断不安タイプ」でも、自分の常識に不安があって、その結果「引っ込み思案から引きこもる」ということも考えられます。


これらのタイプは私のサイトでの分類ですが、これら陰性症状が主体の場合、医療の支援が有用であるという認識は、社会的にまだ低いように感じています。


典型的な注意欠如多動症や、典型的な自閉スペクトラム症だけでなく、「薄く」症状を持っている人や、「部分的」に症状を持っている人が、それが主な理由で引きこもっている場合も十分考えられます。なんらかの「辛さ」を持っていて、実は心の中では支援を待っている人々には、そういった視点を持つことも必要なのではないでしょうか?


実際、引きこもり経験の人々の多くで不登校経験があるとされています。不登校=発達障害ではありませんが、関連性は決して低くありません。そうなれば、引きこもりの背景に発達的特徴からの原因がある可能性を、もっと見直してもいいはずです。



誤解が生じるといけないので、ここで引きこもりの統計的なデータを少し示してみます。


厚生労働省の調査では、引きこもり経験者の約6割弱に何らかの精神疾患があったとされていますが、逆に、4割あまりの人々では精神的な問題からではないとされています。つまり「引きこもり」≠「精神疾患」です。


また「引きこもり」自体にも誤解は多く、まったく自室から出られないレベルの引きこもりは、実際には10%前後と推測されます。多くは「準引きこもり」と呼ばれ、外出など限られた生活範囲での行動はできる場合の方が多いのが実際です。しかし通学できなかったり、仕事にいけなかったり、社会的な交流が困難になっている状況を合わせて「引きこもり」と定義されています(準引きこもりも入れると推定200ー300万人とも言われています)。



話を戻します。
引きこもりは長期に渡ることが多いのも現実です(引きこもりの高齢化も問題になっています)。引きこもり経験のある人の6割に精神疾患があるとされていますが、その中でも発達障害の陰性症状が主体である場合は、なかなか医療に結びつかず、それが長期化の原因にもなっているかもしれません。


また、精神疾患がなかったとされている人々でも、もし軽度のレベルで発達障害(特に陰性症状)がある場合、医療のサポートがあれば、より早い段階で引きこもりから脱する支援ができる場合も多いのかもしれません。


そうすると、引きこもりの人のより多くの人に何らかの精神疾患がある、という方向になってしまうのですが、引きこもりの人々は、日々「辛さ(周囲からのプレッシャーも含めた「生きにくさ」「生き辛さ」)」を抱えていると考えられます。また、引きこもっていた時間が長ければ長いほど、「その後の辛さ(失った時間への後悔など)」がより深刻になります。単に受診者を増やす目的のためではなく、辛さを持った人々の、その辛さを減らすことが出来れば、という事が一番の目的です。


もし、より早期に引きこもりから脱する可能性がある人を、医療の視点から見極めることが出来れば、今より適切な支援ができる可能性があると思います。ただし、医療がすべてではないと思います。福祉が必要な場合もあると思います。


改めて言いますが、引きこもり=精神疾患ではありません。

しかし、引きこもりの人々の中に、本当は医療支援が有用なのに、そういった視点からの社会からの支援が届いていない場合があるのではないか、ということです。



ちょっと長くなりますが続けます。


私は、引きこもりは、

「限局した社会との関わり」

と定義できると思います。


通常は、

① 部屋などに引きこもっている場合

② 外出は出来る準引きこもり状態の場合(しかし、通学や通勤はできない)

の2つのタイプに分類されます。私は、実はもう一つのタイプもあると思っています。それは、

③ 仕事はしていても人間関係は最低限にとどめ、家にこもったり何らかの特殊な団体などにあつまる場合

これらの人々は、いわば「第三の引きこもり」とも呼べるのだと思います。お互いが協力して自分たちの人生を良くしていければいいのですが、実際には疑似的な自己啓発団体等であったりすることが多いように感じています。


共通していることは、

「生きにくさ」「生き辛さ」「社会に自分を合わせて生きることの辛さ」

だと思います。


「生きにくさ」や「生き辛さ」に対し医療が支援できる時代になってきています。

メンタルヘルスへの敷居も下がってきています。大人の発達障害の治療も大きく変わりつつあります。

その変化の中で、社会的に不適切なものなどのに依存した生活に陥らないような注意は必要だと思っています。



(2015.3.5 公開 2016.1.27 更新)

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