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発達障害を
ユニーク=
ヒューマニティ症候群

呼んでみませんか?

突飛な提唱ですが、最後までお読みいただければ幸いです。

Blog【 一番になりたい病 】

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「一番になりたい病」というものを知っているでしょうか?


人は誰しも「一番になりたい気持ち」を多かれ少なかれ持っていると思います。何かの分野であったり、スポーツであったり、勉強であったり。小学校なら運動会の「かけっこ」で一番になれればうれしいでしょう。中学校でクラスで一番の成績をとったら、たとえ一教科であってもとても嬉しいことでしょう。もし学年トップの成績をとったら、夢のように嬉しいと思います。トップということが嬉しいと思ったり、トップになりたいと思う気持ちは誰にでもあるのだと思います。


だから、オリンピックやワールドカップで金メダルを目指す選手を応援するのだと思います。自分が世界のトップになれる疑似体験であり、また、甲子園が日本の夏の風物詩になっているのは、そこに理由があるのかもしれません。


ただ、大人になるにつれて自分の現実を理解し、自分の適性や能力にあったポジションを見つけていくのだと思います。納得もあれば半分は諦めでもあったり、人の生きる上での苦悩の一つだと思います。また、実力以上に理想にこだわると自分を苦しめてしまうのですが、自分の現実を受け入れられずに一生を過ごす人もいるかもしれません。



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発達障害に関連した話では、自閉スペクトラム症(ASD)で、保育園くらいの4−5歳頃以降に、何事にも一番になりたがる傾向(一番病、一番になりたい病)が多くみられるとされています。何が何でも一番になりたい気持ちが勝って、周囲からすればちょっとずるいことをしても一番になることに「こだわり」を示すことがあるともされています(子どもの場合この見方はあまり良くないとも思います。本人には悪気はなく「そうしたい気持ちが勝る」からの結果であると考えられるからです)。


これはASDの診断で有用な手がかりともされています。確かに有用だと思いますが、一方で、自閉スペクトラム症だけに限らず、人なら誰でも持っている特性とも言えると思います。先程の「かけっこ」や「成績トップ」の話を思い浮かべれば理解できると思います。


自動車の助手席に子どもを乗せる機会のある方は、子どもが保育園の4−5歳頃に観察してみてもらいたいことがあります(ただし、本来は子どもを助手席に乗せることは危険が増すので海外では禁止の国もあります。日本では法律上は禁止にはなっていませんが、乗せる場合には必ずチャイルドシートを前向きで使用し、エアバッグはオフにして自己責任の範囲でお願いします)。


もし信号待ちで先頭になった時があったら、子どもが喜んでいるか観察してみて下さい。そして喜んでいるなら、その理由を聞いてみてください。もしかしたら「先頭が嬉しい」というかもしれません。もしそう答えたら、どうして先頭が嬉しいのか理由を聞いてみてください。すると「一番だから」と言うかもしれません。


これは、自閉スペクトラム症の傾向がみられない子どもであってもしばしばみられる現象と思われます。信号待ちの先頭だけでなく、保育園でも階段を競って先に上ろうとしたり、兄弟で一番早く起きたのは誰かとか、おやつを一番初めに食べたのは誰なのか、それを口に出して確認する時期もみられます。これらは人の発達で普遍にみられることなのだと思います。


そして、それは成人期になってからも広くみられると思います。


企業経営者や政治分野などには一番になりたい病からその仕事をしている人もいるかもしれません。


いわゆるCEOやトップによくみられるパーソナリティがあると言われることもあります(自己愛型が多いとされています)。一概に決してパーソナリティ「障害」とは言えませんが、目的の為に社員や従業員を「道具」にしか思っていなかったり、自分の考えや行動を否定されると相手を恫喝したり相手を排除しようとするかもしれません。そうなれば「障害」かもしれません。しかし、自己実現や経営のためには必要な要素とも考えられます(私はあまり肯定出来ませんが)。


疑似信仰などで自分が唯一の存在と言ったり、巨大な構造物を誇示したり(ちなみにこれは視覚優位な特性だと思われます)、周囲から奇妙に思われる場合も時にみられると思います。



一番になりたいのは「人」に広くみられることだと思います。ちなみに、保育園の頃に信号待ちで先頭になって喜んでいた子どもも、小学校以降になると信号待ちで先頭になったときに、あともう少しで先に行けたのに足止めになったことは理解します。


発達に関する事柄は分からないこともまだ多くあります。しかし、人そのものに密接に関わる特性である、という見方が広がれば、少数の人にみられる障害といった視点は変わっていくのかもしれません。



「一番乗り」があるから「抜け駆け」があるのだと思います。十二支のトップがネズミなのは抜け駆けからです。そう考えれば、一番になりたいという発達特性は昔から変わらず存在しているのだと思います。



(2015.8.1 公開 2016.2.3 更新)

以下の内容は、決して女性蔑視のつもりではないので、その点について誤解がなければと思います。

成人女性の自閉スペクトラム症は非常に見分けが難しい現状があります。一例を挙げれば、本文で取り上げた「一番病」が、成人期の女性では見えにくいのもその理由の一つかもしれません。はっきり分かる場合もありますが、多くの場合で分かりにくくなっていると思われます。


しかし、女性の社会活動の中で一番になりたい特性がよく表れる大きなものが二つあると思います。


一つ目は身だしなみ(おしゃれ、服装、美容)です。これは男性に見られる為よりも同性を意識しての行動である要素が勝っているとも言われています。そうなれば、それは同性内での競争であり、一番病より「(誰かに)負けたくない病」かもしれません。極端に服装や美容に対するこだわりが強くあれば、ASDの傾向があるのかもしれません(ただしこの要素だけで診断する訳ではないので誤解のないようにお願いします)。※男性でも年齢や場面不相応におしゃれすぎる人にはASDの傾向があるかもしれません。


二つ目は恋愛対象に対する気持ちです。好きな相手にとって自分が一番でありたい気持ちに極端にこだわりが強ければ、それもASDの傾向の一つと言えるかもしれません。一番になれないなら諦めてしまったり、自分が一番になれる相手を選ぶ傾向があったり(自分に自信が無い場合にそういった傾向があると思われ「弱気な一番病」かもしれません)、また、場合によっては恋敵をいかなる手段を使ってでも追い落とすことをする傾向のある人もいるかもしれません(これは「負けたくない病」なのかもしれません)。


負けたくない病が強く出るためか積極的な行動をみせる女性がいるかもしれません。今風に言うと「肉食女子」と言うのでしょうか。肉食女子を強いてASDと捉えると「積極奇異型」の要素に重なる部分が多いようにも思います。これもまた、すべての肉食女子=ASDではありませんので誤解のないようにお願いします。


もう一つ言及すれば、女性で母親の場合「負けたくない病」が変化し、子どもに対し「一番にさせたがる病」があるかもしれません。勉強や習い事、進学に関して、子どものためといいながら「自分の気持ちの代理行為」を強いている可能性もあると思われます。


これらは「見栄」とも関係するかもしれません。そうなれば、やはり発達の問題は人と密接に関係すると言わざるを得ないものなのだと思います(ちなみに、女性のおしゃれや恋愛に関することは、誰にでも普遍にみられることだと思います。だから、発達の問題は人に普遍なのだと思います)。


あくまで私見ですが、一番になりたい病は、幼児期では男女共通ですが、成人男性では「一番になりたい病」、成人女性では典型的な一番病だけでなく「弱気な一番病」や「負けたくない病」に変化するのかもしれません。


さらに言えば、成人期の場合、一番になりたかったり負けたくないのは、自信の無さや満たされなさ、不安の裏返しかもしれず、社会経験を通して複雑に変化してるのだと思っています。それが成人期の発達障害の診断を難しくしているのかもしれません。


SMAPの「世界に一つだけの花」という曲が人の心を打つのは、やはり、理由があるからなのだと思います。一番になりたい気持ち、けどすべての人にそれができる訳ではない葛藤、さらには、一番になったからそれがいいのか、生きる上での幸せはどこにあるのか、それを語りかけたからこそ、名曲なのだと思っています。

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